
こんにちは。東京紙器です。
東京紙器ではこのたび、当社とご縁のあるクリエイターやお取引先を、代表取締役山田が訪ねてお話を伺うインタビューシリーズ「Tokyo-Shiki withアーティスト」をスタートします。ものづくりの現場や、さまざまな人たちとの出会いから生まれた「Ideaを形に」するストーリーをお届けします。普段はなかなか見えてこない、アーティストのこだわりや当社との関係、東京紙器の新たな一面や、関わる人々の想いもご紹介していく予定です。
第一弾はシンガポールでの偶然の出会いから始まった、刀絵作家宮本なる氏との対談です。神仏への祈りを込めた「刀絵」と、それを精密に再現するレーザーカット技術が織りなす、現代の「結びの物語」をお聞きしました。
目次
プロフィール
宮本なる(みやもと・なる)
刀絵作家・「刀絵帰蝶」主宰。
日本大学芸術学部卒業後、小刀を用いた独自の切り絵技法「刀絵(かたなえ)」を確立し、
国内外の神社仏閣に作品を奉納。切り絵御朱印プロジェクトや芸術イベントでも活動。
刀絵帰蝶(宮本なる 公式HP)
切り絵作家として

――玉鋼で作られた刀で切り絵を制作されているとお聞きしましたが……
宮本:
そのとおりです。神社に勾玉や刃を奉納される匠の方の御厚意で古の手業にてこさえられた小刀です。かつては隕鉄など鉄が貴重で金屋子神を製鉄の神様として祀る文化もあります。花嫁が懐剣を白無垢に忍ばす様に、日本人にとって刀は大切な護りの存在です。刀で神様の御影を切り起こすことに縁を感じています。それで「刀絵」と名付け「刀絵帰蝶」 という屋号にしました。
――宮本さんは切り絵作家として今年21年目とのことですが、きっかけはあったのでしょうか。
宮本:
日本大学芸術学部の西洋絵画専攻で油絵をやっていたのですが、日本的な線を強調した作品を描きたいと考えて切り絵を始めました。当時、作家の荒俣宏先生の出版助手をしていたので、先生に見ていただくと「これは面白い」と言ってくださいました。水木しげる先生にも見ていただく機会があり、お二人から「この道で行きなさい」と背中を押されました。
――神社仏閣にまつわる作品が多いのはなぜでしょうか?
宮本:
シンガポール駐在中、真言宗の阿闍梨と元伊勢の宮司が、日本人墓地で英霊に手を合わせる場にご一緒したことがありました。その時、宮司から「“かみ”という言葉には、紙と神、両方の意味が込められていて、日本人は昔から紙を神聖なものとして捉えてきました。切り絵もまた、神事と深く関わりのあるものなのです」と教えていただきました。もともと切り絵は、神と人を結ぶ役割があるそうです。
昔は巫女や宮司が紙で「切子」と呼ばれるものをつくり、祈りや神聖な行事に用いていました。そういった意味では、東京紙器さんと一緒につくっている切り絵御朱印は伝統への現代的な復興でもあるかもしれません。
宮本なる×東京紙器

――東京紙器との出会いについて教えてください。
宮本:
出会いは15年前で、当時私はシンガポールに住んでいました。現地で「クールジャパン」の日本文化イベントが開催されることになり、自分の切り絵作品を大量かつ高いクオリティで仕上げられる技術が必要になったんです。
そこでインターネットで探したところ、東京紙器さんにたどり着きました。実際に依頼する前に自分の目で現場を確かめておきたいと思い、一時帰国して埼玉の工場で当時の社長(現:会長)から直接お話を伺い、現場を見せていただきました。そのとき作り手の気持ちにしっかりと寄り添う、あたたかくてクリエイティブな会社だと感じたので、依頼することにしたんです。
――東京紙器とのやりとり東京紙器さんとの技術的なやりとりはいかがですか?
宮本:
私のこだわりは“眼差し”です。神仏の表情、まつ毛一本のニュアンスや火の揺らぎ、稲穂の細い線まで表現したい。髪の毛より細い線を切れずにつなげて表現できるのが、東京紙器さんの技術です。初めて見た時、その技術力にとても驚きました。
山田:
レーザーカットは熱で紙を焼き切るので、出力が強すぎると焦げてしまい、弱すぎると切れない。紙種・厚みまで考えて一点一点調整します。宮本さんの原画をレーザーカット用にデータ変換する際、作品意図を損なわないよう細部の微調整を提案することもあります。
宮本:
このキャッチボールが素晴らしいんです。「ここは太くしたほうが安全です」「ここだけは絶対に残したい」と意図を汲み取り、最適解を一緒に考えてくださる。「ひとりではない」と心強く思います。

――実際の作品を見せていただけますか?
宮本:
これが原画で、これが東京紙器さんに作っていただいたものです。天孫ニニギノミコトの刀絵で、とくに火の揺らぎを見てください。私が火の揺らぎが重要であるということを伝え忘れていたのに山田社長のほうから「ここをやっておきました」と。髪のように細い線がきちんと繋がっています。
山田:
火の揺らぎは原画を見て「ここが大事なポイント」と独自判断し、ギリギリのラインで表現しました。
宮本:
稲穂は神社からいただいた実物をよく観察し、その重さや揺らぎを表現しています。勾玉の表現にも、とても感動しています。
――非常に細かい作品ですが、制作期間はどのくらいかかりますか?
宮本:
この作品を仕上げるのには1か月かかりました。稲穂の部分だけで丸一日を費やしたほど、苦しみながら没頭して作りました。
山田:
原画を預かってからデータ化に半日~1日、加工自体はそれほどではありませんが、細かい調整に時間をかけています。とはいえ、どんなに精密な機械でも限界はあります。大切な部分はなるべく表現するよう努めていますが、本物の手作業に勝てない部分ももちろんありますね。
宮本:
それでも「ここの表現は難しいかもしれないな」と思って頼んだものが、実際に再現された時の感動は格別です。原画から生まれるマルチプルを、私は、樹から幾つも咲いた花の様な存在だと思っています。魂をわけた「ワケミタマ」の存在ですね。
東京紙器さんは紙につい てもプロフェッショナルで、原画と同じ紙でのマルチプル制作も相談できる。作家にとって、ありがたい存在です。
――印象的な作品はありますか。
宮本:
2020年、疫病退散祈願を込めて大判のアマビエ切り絵を制作し、神社に奉納しました。アマビエ伝承には「私の絵を配れば疫病から守られる」とあり、東京紙器さんに量産を依頼し、全国の神社仏閣に約70部お渡ししました。
山田:
当時、多くの皆さんが不安な中で、宮本さんの作品が希望となっていました。それを見て、技術は人の心を結ぶ役割をも担うと感じたんです。
――切り絵御朱印はどのように始まったのですか?
山田:
2019年頃、埼玉のお寺から始まって全国に広まったと言われています。弊社にもそのころとある埼玉のお寺からご相談があり、その際にデザインからという内容でしたので、会長が「祈り・歴史・日本への思いを込めた作家」として宮本さんを紹介したのが宮本さんとの切り絵御朱印制作の始まりです。
宮本:
御朱印制作は、神社の歴史と重みを全て込めて取り組みます。祭神への敬意、宮司から聞いた神話の周辺情報まで、細かく反映しています。数百年・数千年の重みを可視化するプレッシャーを感じています。

――切り絵御朱印で特に大変だった作品は?
宮本:
ある神社の御朱印は1年かかりました。神社の歴史や御祭神への敬意、参拝者にどう伝えるか考え抜き、鳥居や御像も現地に合わせ丁寧に描きました。
山田:
試行錯誤し、何度もやり直して、ときにはデザインが大きく変わることもありましたね。神様から依頼されたようなものなので、妥協できません。
宮本:
受け取った方がネットで良い評価をしてくださり、御朱印ランキングで上位になったことも。とても嬉しい経験です。
――お話を伺っていると、お二人が強い信頼でつながっているように感じます。
宮本:
そうですね。年数だけではなく、最初から厚い信頼があったからここまで続いたと思います。社風も温かく、やはりものづくりは人だと思います。
山田:
作家の思いを理解しなければ、良い仕事はできませんからね。お互いが満足できるものづくり、共存共栄を目指しています。こういった仕事では価格競争になりがちですが、当社は協力作家様の安売りをしたくない。「芸術性」とそれを実現する「技術力」で勝負をしたい。安易に価格を下げてしまっては良い作品を作れないと思っています。
宮本:
東京紙器さんは、細部への要望にも快く応えてくださる。時間と労力をかけて付き合ってくださるのは本当にありがたいです。
今後の展望

――今後の展開について教えてください。
宮本:
これまでは主にB to Bでしたが、「宮本さんの切り絵はどこで買えるの?」という声に応え、「かぐや此花」というブランドを立ち上げました。かぐや姫と木花咲耶姫を組み合わせた名で、祈りを形にした香紙や栞、額装した刀絵など新商品を企画しています。
山田:
東京紙器は紙だけでなくファイバーをはじめ多様な素材に対応しています。宮本さんのアイデアと私たちの技術で新しい形に挑戦したいと思います。
――海外展開についてはいかがですか?
宮本:
立ち上げ自体が海外でしたし、今後もメイドインジャパンを世界に見ていただきたいです。今後も東京紙器さんとグローバル展開できればと。
山田:
日本独自の精密な切り絵アートは、海外では珍しいもの。日本の技術力と美意識を世界に発信できる機会にできればと思います。
――最後に、一言いただけますか。
宮本:
人の縁は見えない神様が結んでくれていると感じます。東京紙器さんと出会えたのは偶然ではなく大きなご縁。感謝しながらこれからもご一緒できればと思います。
山田:
宮本さんのような作家と歩むことで、私たちも成長できます。単なる加工業者でなく、クリエイターのパートナーとして日本の紙文化、切り絵文化を未来へつなげていきたいです。

文/写真:マイカ